しがないシンガーソングライターの日常。今日も暮れてゆきます。

Movin' on

11月になり、寒さが増し、今年もくれかけてきてますね。

年明けすぐに誕生日を迎える人間としては、また格別に思うこともありますね。

来年にはもう30が部屋のインターフォンに指を伸ばし始めるような歳になるわけですが、
相変わらず色々なことがあり、色々な人に助けられております。

大人になって行くなかで、もっとスマートで、正確な判断ができるようになりたい、と常々思っておるのですが
中々難しいですな。
人生のロシアンルーレットで当たりたくない当たりを引く(弾く?)ことの多さも変わらず、といったところ。

そんなかで、本当にいまさらですが、
自分は音楽が好きなのだなあと実感したりしてます。

他の事に関してはわりと気分に左右されて、楽しめることと楽しめないことがあるのです。
どんなに楽しそうな遊びや趣味でも、気分が乗らないとできないことってあるでしょう。
が、僕にとって音楽だけは、どんな気分でも必要になるもののようでして。

楽しいときにはより楽しくしてくれるし、
つらいときには励まされ、助けられる。

音楽を第一に。
間違いだらけの自分でも、この判断だけは間違っていない、
というか、間違っていても良いと思っています。

さてさて、今後僕はどこへゆくのでしょうか。
大好きな音楽と一緒に。


今日の一曲:A Place In The Sun / Stevie Wonder

若葉のころ

音楽をやっていると、ごくたまに「ギターは習ったんですか?独学ですか?」ときかれることがあります。
そういう時、僕は毎回「ほぼ独学です。」と答えています。

「ほぼ」ってすんごい曖昧な表現ですが、話すと長くなるので・・・

今日は「ほぼ」の部分はなんなのか?って話から
僕がギターを弾くようになった経緯について、頼まれてないけど書いてみたいと思います。
お時間ある方はお付き合いください。


結論から言うと、僕のギターの学び方は
「いわゆる"フォークギター"の弾き方」= 「独学」
「クラシックギターの弾き方」 = 「基礎は習った」
となります。

ものすごくざっくり説明すると
フォークギターというのが、いわゆるJ-POPで弾き語りなどに通常使用されるギターです。
一般的に「アコギ」という場合、たいていこれを指します。
クラシックギターは、その名の通り主にクラシックで使用されるもので、
指弾きでソロをやることが多いです。

今弾いているのはもちろん前者のほうなのですが、
僕が基礎を習ったのは後者の弾き方なんです。

経験者の方は分かるかと思いますが、同じギターといっても、構造も違うし
「弾き方」という意味ではかなりアプローチが違うんですね。

元々、ギターに惹かれたきっかけは、中学のとき
音楽好きの友人が貸してくれた2本のビデオテープでした。

「まだあんまり知られてないけど、すごい人がいるんだ。」

渡されたビデオテープを何気なく見たとき、初めて音楽でショックを受けました。

そこに映された圧倒的なパフォーマンス、
見たこともないパワフルかつ繊細な演奏、
聴いた事のない太く美しい歌声。

アコギを抱え歌う格好良すぎるその人に、僕は身震いが止まりませんでした。
その日は一睡もできなかったことを覚えています。

それまで楽器に興味のなかった僕ですが、
それからすぐにでもアコギをはじめたくてしょうがなくなっていました。

とはいえ、当時、僕の周囲はいわゆる「ビジュアル系ロックバンド」の大ブームで
ギターを始めるということは、すなわちエレキギターを始めるという時代。
山奥の田舎で、エレキギターではないギターに関して情報もなく、教えてくれる人なんてそうそう見つかりませんでした。

そんななか、「ピアノの講師でギターは専門じゃないけど、ギターも基礎でいいなら教えられる」
ということで教えてくれる人が見つかり、一も二もなく習い始めました。

で、そこで教わったのが、「クラシックギターの弾き方」だったわけです。
僕が憧れたアコギとは別の種類のもの、ということが分かるのは、習い始めて少し経ってからでした。
(無論、どちらも弾けるにこしたことはないわけですが。)

先生の言う「クラシックギターの基礎」がほぼ終わった後、
「弾き語り系がやりたいんなら教えられることはないよ」と言われ
そこからはフォークギター用の本を片手に、自分で練習しました。
基本的には弾きたい曲を弾けるようになるまでがんばる、という超力技でしたが。

クラシックギターに関しては流用できる部分もありましたが、当時の僕にはそうでない部分が多く、
また本当に「基礎の基礎」しか習わなかったこともあるので
感覚的には、新しい楽器を弾いている感じでした。

それでも教本や歌本を参考にしながら、がむしゃらに弾いているうちに
少しずつ弾ける曲、できる演奏が増えていきました。
その繰り返しで、今に至っています。

・・と、まあ、こういう理由で、アコギに関しては「ほぼ独学」といっているわけです。


とはいえ、実はギターの講習が終わった後も、同じ先生には習っていたんです。
発声やクラシックの知識的なことについて。この話が面白かったんですよ。
どちらかといえばこっちのほうが身になっています。先生には本当に感謝です。

アコギに関して、僕の上達は遅いほうでしたが、経験上、大体の演奏テクニックは
ずっとできなくて悩んでて、ふとある瞬間にできるようになったことが多いです。
いまでもずっとできないままのものもありますが。。。

やっぱり、楽器を一つ覚えるのは結構大変だなあと思うし、まだまだ奥が深いなあと思うのですが、
あのときの「できた!」って言う瞬間の喜びはやっぱり代え難いですね。

初心を忘れず、今後も色々とがんばっていきたいところです。

僕がはじめてアコギで弾けるようになった歌
僕の人生に影響を与えた、件のビデオで見た歌。
今までも、これからも、あの人が目標です。


今日の一曲:中華料理/山崎まさよし

ロール

切り取った夜に 息をとめた二人
絵に描いたように とりあえず抱き合う
前の季節まで お互いで分かち合った
椅子も温もりも 無言で取り合って

「関係ないでしょ」正しくて間違ってるような
生意気な君の 同じ態度の意味が まるで違ってく

途切れた言葉 揺れる月明かり
出てゆく背中に 溜息 力なく響いて
かき集めてみた わずかな未練で つぎはぎするほど頼りない
行き場のないメールが空回り ただ空回りを 空回り ただ空回りを

袋も開けずに 置きっぱなしのパンが
レンジの上で痛み始めている
瞳の底の 真実を知れるなら
どれほど楽で どれほど苦しい

「そんなもんだよ」わかってるつもりでいた
飾らない僕らの 同じ空間で今 退屈が踊ってる

はぐれた距離を 抜ける隙間風
かすかに残る最後の 灯を揺らした
ネジを巻ききっても 沈黙のオルゴール 不協和音すら奏でない
すり減った歯車は空回り ただ空回りを 空回り ただ空回りを

全開の胸で

新しい場所で見えるものは、いろんな思いを呼び起こさせます。

その一つ一つが、最終的に去来させることは、極めて凡庸な結論。
「この場所から、弛むことなく、できる限り頑張っていかねば」ということ。

荷物の山が無造作に散らばる狭い部屋の中で
昨夜、ラジオから流れてきた一曲に、これまでにないほど、恥ずかしいほど泣けてきました。

今日の一曲:深夜高速/フラワーカンパニーズ

新地

どうにかこうにか、無事、引越終了。

今のところ大量のダンボールに囲まれ、ただでさえせまい部屋が圧迫されている状況です。
段々と整理しなければ。

CDも機材も、今のところ一切棚に入れていない、もしくはそもそも箱からだしていない状態。
音楽に関しては辛うじてラジオが聴ける程度。

iPodはじめ携帯機器の恩恵にここぞとばかりにあやかりつつ、
やる気のあるうちに片付けをしなければ、と思いつつ、
段ボールから必要なものをあさぐって取り出す日々が自分の性格上もう少し続きそうな予感もありつつ。

それにしても、目下困っているのは不用品の整理。
一人暮らしで引越経験されたはわかるかと思いますが、
転居前に「これ引っ越し先でも使うんかなあ、でもいざなくて困ったらやだし、微妙にかさばるけど一応持って行っとく?」的な感じで持っていったもの。

きゃつが以外に押入れとかを圧迫する主犯格になるんですよ。

案の定整理に困っている小物類の山。段ボールの中で僕を不敵に見つめ嗤ってます。
「で、どうすんのよ。捨てんの?とっとくの?」つって。

ええい、そのうち整理してやるわい。